ウーゴは5歳の頃に失明している。ある日空き地で他の子供たちがサッカーをしているのを見ていたとき、誰かが蹴った、ボロキレで作ったボールが彼の目を襲った。その後一年以上の間、ウーゴ少年は視覚を失ってしまう。
多感な5歳の少年は気晴らしの何もない、退屈な日々をすごすことになってしまった。暗闇の日々を、暑いサンチアゴの夏を…。このときに両親からプレゼントされたのがハーモニカ、和音の鳴らせるダイアトニック・ハーモニカだった。しかし誰も少年に吹き方を教える者はいなかった。何を?どうやって?
少年は分かるまで吹きまくった。耳で理解した――ウーゴが常にそうしていたように。彼の両親が踊り、歌っていたサンバを、チャカレーラを。強く、激しく吹いた。ガウチョのマランボ(サパテアードのような足を踏み鳴らす踊り)に合わせて。ラジオから流れてくるタンゴを、ジャズを聴きながら吹いた。少年のおもちゃは楽器となり、少年は演奏家となった。
しばらくすると、ウーゴは皆の前で演奏するようになった。他のハーモニカと共に、彼の閉ざされた目のままで。ハーモニカを手にしてわずか二ヶ月後、盲目の少年は地元のラジオ番組で「奇跡のハーモニカ少年」と紹介されるほどになった。
視力を失ってから14ヶ月後の手術により彼は視力を回復し、もちろんハーモニカの腕前もかなりのものになっていたと思うが、音楽や楽器演奏に対するウーゴなりの基礎やセンスはこの時期にはぐくまれたもののようだ。驚くことに彼はハーモニカ以外にもピアノ、バイオリン、コントラバスを弾きこなしたという。そして彼のプロ・ミュージシャンとしての第一歩は、意外にも地元サンチアゴのジャズバンドでのベーシストとしてだった。そして後々までも楽譜を読めないままだった。
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