ウーゴ・ディアス研究所

クロマチック ハーモニカでフォルクローレ、タンゴを演奏した伝説的なハーモニカ・プレイヤー、Hugo Diaz ウーゴ ディアスについて。 日本語で入手できる情報がとても少ないので、西語辞書片手に少しずつ調べていきます。

2012/02/14

7 時代とともに

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ウーゴは数々のミュージシャンの中でも、かなり成功した経歴を持っている。特にハーモニカ奏者としてであればトップクラスといえるのではないだろうか。もちろんその希有な演奏技術あってのことだが、同時に時代もウーゴの味方をした。 ウーゴは後にタンゴの演奏でも脚光を浴びるが、その頃の...

6 初レコード

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ウーゴの始めのレコードは1952年(ウーゴ26歳)録音の、「鐘つき鳥(Pajaro campana)」当時世話になっていたフェリックス・ペレス・カルドーソ作曲で、パラグアイのフォルクローレ。この時期はまだタンゴを演奏していないが、すでに彼独特のニオイがぷんぷんしている。 ...
2011/07/13

5 ブエノスアイレスへ

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1939年には第二次世界大戦勃発、アルゼンチンは参戦せず中立を貫く。 当時アルゼンチン経済は繁栄し、一人当たりの国内総生産はドイツやイタリアよりも上であった。しかしこの恩恵に与ったのは首都ブエノスアイレスとロサリオの住民だけであり、1930年代を通して豊かで華やかな首都ブエノ...
2011/06/08

4 サンチアゴの音楽修行

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その後ウーゴはますます音楽にのめりこんでいく。当時活躍していた地元サンチアゴのフォルクローレ・スター、エルマノス・ディアス(ディアス兄弟の意、家が近所だったらしく、名字は同じだが血縁関係はない)との交流でサンバやチャカレーラを多く学んだことと思う。 この頃、アルゼンチンの...
2011/06/07

3 闇と光

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 ウーゴは5歳の頃に失明している。ある日空き地で他の子供たちがサッカーをしているのを見ていたとき、誰かが蹴った、ボロキレで作ったボールが彼の目を襲った。その後一年以上の間、ウーゴ少年は視覚を失ってしまう。 多感な5歳の少年は気晴らしの何もない、退屈な日々をすごすことになってし...
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