ウーゴ・ディアスの生まれた1927年、アルゼンチンは前世紀から続く政治の腐敗、ヨーロッパからの大量の移民流入、それに伴う都市部での貧富の格差、首都ブエノスアイレスと周辺都市の格差、先住民族とその文化の弾圧と同化政策など…アルゼンチンが持ち続けてきた自国の諸問題に加え、第一次世界大戦から世界恐慌にかけての社会的・経済的な不安定要素もあって、暗い時代の最中だった。
ブエノスアイレスの「ラ・ボカ」や「サンテルモ」で育ったカルロス・ガルデルやフランシスコ・カナロらがアルゼンチン・タンゴを引提げて、パリやニューヨークにアルゼンチンの名を轟かせたのもこの時代である。
当時、アルゼンチンはイギリス最大の南米での投資対象国であり、国内政治は対英追従を旨としていた。そのイギリスから首都ブエノスアイレスに1925年、英国王継承者、エドワード・ウィンザー王太子が訪問。暗い時代とはいえ「南米のパリ」と呼ばれたブエノスアイレスは歓迎セレモニーに沸いていた。コロンブス劇場ではクラウディオ・ムツィオ、ベニアミーノ・ジーリ(共に当時最も成功していたイタリア人オペラ歌手)らによるローレライが上演され、オペラ座ではフローレシオ・パラビチーニ(アルゼンチンの人気俳優)が、英語による上演で訪れる人々を楽しませた。これらは筆舌に尽くしがたい贅沢さであったという。
さて、主人公となるわれらがビクトール・ウーゴ・ディアスは、富と絢爛からは遠く離れた古都、ブエノスアイレスから北に約1000km、アルゼンチン最古の都市サンチアゴ・デル・エステロ市の貧しい家庭に1927年8月10日生まれた。
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